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2007年1月17日 (水)

昼の月小指一本観自在

 『 天使の翼 』
 
 に生呼さんよりコメントいただきました。生呼さんは、自らの内に神を感じる人です。老仁も、そう感じとりたくて、内部に、旅をしてきました。

 光呼の『 天使の翼 』

 にヒントをもらって、想像力の翼に載って、すこし、ひとり遊びを遊んでみたものでした。ひとり遊びは、楽しいだけでなく、本気なんですよ。淋しいことなんでしょうけれど、本気のことは、ひとり遊びでしかできないんでしょうね・・・

 生呼さんから、<人は広い世界を自由に行ったり来たりできる、あるいは世界そのものを自由にできる(勝手ではなく)存在なのかもしれないですね>。。。というコメントをいただいて、生呼さんの世界を遊んできました。共鳴するメッセージが溢れているのを感じます。

 仁 。。。≪ 昔、<想像力が権力を奪う>というメッセージが発信されましたけれど、今は、<自立が、権力を無化する>という世界が創造されていくような気がしています。

 あくまでもひとり遊びの世界ですけれど、自立した人間として、自在に世界を飛翔したいですね。

 いつか、観自在菩薩は私だったんだと言える未来が実現するかもしれません。こころの翼に載れば、そんな楽しい世界が拓かれていけそうで、たのしいですね。

 小さな花ですけれど、本当にキレイですよ。ほのかに桃色がかっているところなど観音様のようです。 ≫ 。。。

 この流れに、哲仁さんが、載ってきました。哲仁さんも気づきの人です。
 哲仁さんの共鳴に載って、老仁は観音様を心に抱くのでした・・・

 仁 。。。≪  ほんとうにそんな気づきの時が来てほしいものだと願いつづけましょうね。
 そのためには、まず、気づいた人間として、老仁自身が、観音様のように生きなければならないんですよね。ほら、ここに、こんなすばらしい生き方があるよ。こんなにHAPPYだよ。こんなにビューティフルだよ。こんなに温かく、愛に溢れているよ。そう、隣の人に伝わるような生き方を、私たち自身が、身をもって、生きていなければならないんですよね。

 哲仁さんは、もう、観音様の域を生きていますか・・・?

 老仁は、ひょっとすると、小指一本くらいは観音様に似ているのかもしれませんよ。 ≫。。。

 昼の月小指一本観自在

Syahai936kanjizai1

 『 風に載って生きる 』
 

  『 初花を咲かせ心も開かれる 』
   

 古閑の凍滝
 

2007年1月 7日 (日)

憂き心寄せつけもせずもがり笛

 ふと出てきたメモ紙に俳句が書かれていました。
 「050115」のメモ。1年前のものです。

Syahai938ukikokoro1

 思いついた句を近くにある紙にメモして机のどこかに起きっぱなしにしていることが多いんです。便所や車の中やいつもよく行くところにはメモの手帳を置いているのですけれど、そのメモだって、見るの忘れたり、整理し損なって、置き場を見失ったりするんですよね。
 そんなこと思うこともありかなと、アップしてみました。

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