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2008年2月 3日 (日)

極北の光哀しみの果てを観る

Paiko14206kyokuhokunohikari1b2 

 ★ 瘋癲老仁妄詩 14206

――☆★☆―――――――――――――――☆★☆――

極北の光哀しみの果てを観る

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 オーロラを、生で見たいと、
 若い頃から、思いつづけてきました。

 余裕ができたら、見に行くことができると、
 信じていました。

 ついに、オーロラを見に行けるような余裕は、
 できませんでした。

 でも、今世は、
 生でなくても、
 テレビで、オーロラを、見ることができるんです。

 生じゃないと、意味がないという人がいます。
 生じゃないと、値打ちがないという人がいます。
 
 生で見れない老仁には、
 テレビで、十分になりました。

 生の迫真性はないけれど、
 想像力の翼で、
 オーロラのビジョンを飛翔することができるんです。
 オーロラさんと、恋をすることもできるんです。

 その時、オーロラは、老仁の内部の世界になります。
 そしてまた、オーロラは、異時空への扉になるんです。

 異時空飛翔を遊ぶ老仁にとって、
 生も、バーチャルも、
 現実も、小説も、
 同じ異時空飛翔の世界なのです。

 そして、老仁の生身の心が、
 取り残された地平で、
 叫んでいるのも、感じます。

 生身の心は、
 その哀しみの眼差しで、
 遠い世界の、
 未だ見ぬオーロラを、

 やっぱり、見たい、見たいと、
 憧れ続けているのでした。・・・

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★★★ 『 木花木花木花木花観音抱きしめて独りの時を満たされにけり 』 ★ 瘋癲老仁妄詩 7202
♪♪♯  

★★★ 『 幻視する愛を貫け酔芙蓉 』瘋癲老仁妄詩 1701
♪♪♪

★★★ 『 空蝉を抱いて心の在処かな 』瘋癲老仁妄詩 1401
♪♪♪  

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